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『ちょっとすいません。
そこのお嬢さん、よろしかったらお時間いただけませんか?』
ひなげしさんこと、林田さんチの平八さんが、
よくある言い回しでのお声掛けをされてしまったのは。
学校での中間考査も無事に片付いた放課後のこと。
そんな、標準高校生向き定期試験より難解で大変なんじゃあなかろうかという、
最新式の解析プログラムを搭載したデータベースへの
膨大な気象データの打ち込み直しと、
最も効率的な応用や転用への模索というお仕事へ。
ちょっとお兄さんたちに遊んでもらって来ますねというノリで、
顔を出しに行こうとしていた道すがらのこと。
本来、一旦自宅へ帰ってから出掛けるべき代物だったれど、
試験中は通うのを中断していたこともあり、
一刻も早く研究室に飛び込みたいようvvという、
気の逸りがあっての、いわばフライング。(おいおい)
それに、そういう目的地への途上だという証明も可能な身だったので、
補導されたとて大丈夫と勝手に判断し、
単なる通過点に過ぎなかった繁華街を、
やや小走りに急いでいたおりのことであり。
「それでよくもまあ、ヘイさんも立ち止まったわよねぇ。」
「……。(頷、頷)」
ああうるさいなぁ、知ったことかと、
完全無視して通り過ぎちゃえばよかったのになんて。
女学園では“慈愛の聖女様”なんて呼ばれておいでの白百合さんが、
にべもない物言いをなさる横で、
今年の夏公演はアメリカも回る巡業仕様らしい紅ばらさんが、
忙しいおりに横槍入れてくる奴なんて、遠慮なく踏み付けて構わぬと、
“ありゃ、わたし久蔵さんの意志が結構読めるようになりましたね。”
綺麗な眉寄せ、憤慨のお顔だったところから、
そう思っているに違いないと通じたことのほうを、
あらまあと感じ入ってしまってた ひなげしさんで。
「あの辺りって、
まあ場所にも拠るけれど
あんまりアンケートの人やスカウトマンっていないのにね。」
それもまた、おっかない後ろ盾つきな女学園がらみの
見えない影響力の賜物か、それとも
「…それとも?」
「あ。まさか、アタシたちが暴れたからって言いたいんじゃあ。」
おや、自覚はあるんだな。
「う…。//////」
「そ、それは…。////」
さすがに思い当たる節のありすぎるものである以上、
日頃の図太さ持って来てのお惚けや開き直りも難しいか。
珍しくも場外からのツッコミへたじろいだお嬢さんたちだったが、
「そ、それで、何のスカウトだったの?」
あ、逃げた。(笑)
お弁当も食べ終えてのさて、まだ少し昼休みはあるからと、
きらちかと木洩れ陽が降る下、
涼しい風がそよぐ木陰でのお喋りを、続けておいでのお嬢さんたちであり。
「うん。何でも、秋口だかに立ちあげ予定の
新しいファストファッションブランドがあって。
それへの宣伝全般に出てもらう
イメージガールをスカウト中とか言ってたかな?」
「おや。じゃあ、結構 堅いんじゃあ?」
七郎次が意外ですねと青い眸をしばたたかせたのへ、
どうかなぁと、ひなげしさんとしては胡散臭げ。
その折にもらったという名刺を後で見せるねと言うからには、
当事者の平八にしてみれば、
もはや名前も何も覚えてない存在と出来事という、
レベルだったようでもあって。
それへ、
「口では何とでも。」
めずらしくも久蔵がそんな言いようをしたのも ごもっともな話。
悪質なものだと、既存の有名アパレルメーカーの名を匂わせて、
ウチも関連だよんと思わせるという手法も飛び出す代物だけに、
「ホントにモデルやそっちの職種を目指してる人ほど、
レアだったり コアだったりする会社名を出されると
“本物かも”と信じやすいって落とし穴があるとも聞いてますが。」
「あ、そっか。そういうのはあるかもですねぇ。」
でもそれだと、関係職種には違いない顔触れの悪さだってことになりませんか?と、
すっかり“悪質な詐欺行為”に違いないとの決めつけで話が進みかかっている辺り。
やっぱり、いっそのこと地域安全課あたりへ分室作って採用した方が、
いろんな意味からお得な彼女らかも知れないぞ、島田警部補。(笑)
「…でも。」
ふと、久蔵が何か言い掛かり、
んん? なになに?と、あとの二人がお顔を向ければ、
「米に浮いた話って何でなかったかと。」
「浮いた話って…。」
「つか、その“米”は辞めて下さいな。」
そっちが気になってしまったひなげしさん、
ついつい口元をへの字に曲げたけれど、
「そういやそうかもですよね。」
そのお顔の愛らしさをまじまじと見やり、
七郎次までもが“ふ〜む”と唸り始めたり。
「ちょ、シチさんまで何ですか?」
「だって。
ちょっとした“ご近所アイドル”になら、楽勝で紛れ込める可愛さだものvv」
アイドルと呼ばれるお嬢さんたちを甘く見ていちゃあいけません。
スキンケアもヘアケアも、
その道の専門家の指導を受けたり、
どうかすると専属スタッフがついてフォローされているし。
そこまでの体制はないところだとて、
基本中の基本として、ご当人が心掛けておいでだから、
テレビじゃネットじゃグラビア写真じゃを通して見るより、
何倍も素晴らしい質の、肌やら髪やら歯並びやらをしておいでだし。
即妙な受け答えや隙のないお愛想が出来てこそ、
上位の“著名”という位置にいられる厳しい日々を、
それこそ毎日毎日戦っておいでの強わものだけに、
「そういや、こないだ、
ジュエリー関係のレセプションをホテルJでやったよね?」
そんな“振り”だけで白百合さんが何を訊たいかまでもが通じたのだろ、
「○○が来てた。」
取材陣への撒き餌っぽい扱いだったようだが、
十代の瑞々しい世代部門で受賞したとされた
某有名アイドルが来ていたと応じた紅ばらさん。
会場を提供しただけだったので、
いつもの倣いのように
彼女がアシスタントや花束贈呈なぞに参加した訳ではなかったらしいものの、
「下手に触ったら手形が残りそうな肌だった。」
「久蔵殿…。」
「…何か、もっと言いようが。」
???とキョトンとする久蔵殿にしてみれば、
深みのある練絹のような肌とか、
白い玉(ぎょく)を刻み出したようなとかいう、
最上級の美々しい描写が相応しい存在は、後にも先にも七郎次のみなのだろて。
“まま、相変わらずじゃあありますが。”
…なのは さておいて。
「ヘイさんの髪や肌の素晴らしさは、
そんじょそこいらのアイドルにも引けを取りませんしね。」
「………。(頷、頷)」
そこのところは久蔵も同意であるらしく、
我がこと自慢のように紡いだ七郎次からの賛辞へ、
そちらさんも何の迷いもないまま深々と頷いて見せており。
そんな彼女らの言いようが、却って小っ恥ずかしい代物だったか、
「な、何言ってますか二人して。//////」
そうまで美人なあなたがたから言われると、ともすりゃ厭味ですったら。
何言ってますか、そっちこそ。
過ぎる謙遜は…。
そうですよ、久蔵殿が言うように そっちこそ厭味ですよヘイさん、と。
一気に真っ赤っ赤になった平八 VS 金髪娘二人という、
ちょっと珍しい対戦カードでの舌戦になりかかった一幕をもたらしたものの。
「週末で人通りも多かったんで、
振り切れ切れずについ立ち止まってしまったものの。
低調に、もとい丁重にお断りしましたよ。」
そりゃあファストファッションとやらのお店へも運びはしますが、
たとい夏休みが目前とはいえ、
今の予定以外の何かへ掛かりきりになるよな時間はありませんしねと。
愛らしいお手々をぐうに握ってしまわれたひなげしさんだったので、
「ですよねぇ♪」
「ロボ・コン…。」
「はいな。
それの合間になっちゃいますが、あちこち遊びにも行きたいですしねvv」
インドアな趣味の多かりし平八もまた、
忙しい身と化す夏休みなのだという再確認と共に、
いつもの仲良しさんな雰囲気もあっさりと復活し。
木陰を吹き抜ける風に乗って、午後の授業が始まる予鈴も届いたものだから、
ありゃいけない、急がなきゃと、
わたわた立ち上がった三人娘だったのだけれども……。
「おお、来た来た。みんな、紹介しておくよ。」
「林山ヒナ子といいます、どうかよろしくお願い致しますぅvv」
めりはりのきいたビタミンカラーの、スムースシルクのインナーに、
ちょっぴり透ける素材の、
しかも肩のところだけはレース使いのカットソーというトップスを重ねた、
いわゆるレイヤーファッションに、
ボトムはフレアの利いたキュロットスカート、
足元は大きめのビジューが涼やかながら、かかとのやたら細いのミュールという、
いかにも“初夏のリゾートに来ております”風のコーデュネイトを着せられた、
満面の笑顔という 我らがひなげしさんが。
彼女を知る人からすりゃあ いかにもな偽名で、
スポンサーの関係者か スーツ姿の冴えた印象はらんだ女性から、
こちらは制作会社関係か、プロデューサーに演出家。
写真も動画も担当か、様々な機材を助手に持たせたカメラマンに、
ライトや柄のない傘、レフ板を抱えた照明班の皆様。
衣装や小物担当のスタイリストさんにメイクさんまでと、
様々な顔触れの男女が入り混じる撮影スタッフの皆さんへと向けて、
自慢のお愛想を振っていたりするのは…はてさてどうしたことでしょか?
◇◇◇
今の今、平八さんが助っ人として召喚、もとえ、招聘を受けている先は、
何も1カ所だけではないようで。
先々の予報などへの応用を利かせるためとかいう、
気象関係の最新鋭のデータベース構築のお手伝いと並行して、
別口の、そちらはとある基礎理論をインタフェイスへリンクさせるための、
ちょっとばかり掻っ飛んだプログラムの書き下ろしへの応援にと、
データ打ち込みが、速いわ、誤差なしだわ、
しかもバイト代は時給でというので、結果すこぶるお安く済むわという、
いろいろと神業なところを見込まれての“おいでおいで”をされたという。
祖父のコネつながりの工学研究所へもお顔を出してる天才少女なひなげしさんを、
「おや。珍しいところで逢うねぇ。」
真新しいアスファルトや標識用の白線塗装への照り返しが目映い中、
誰だと視線を巡らせれば。
同じ敷地のうち、だがだが、そちらは鑑識関係の分析依頼だろう、
警察付属の医科学研究所へ来ていたらしい、
今度は 警察官の顔見知りにお声を掛けられていたひなげしさんで。
「佐伯さんこそ…もしかして検死とかいう関係ででしょうか。」
だったらお清めの塩まいてからにして下さいよということか、
籐製のトートバッグから、何でまたという驚きの代物、
食卓用だろ小ビンに入った食塩を取り出す平八だったのへ、
「おいおい、それはないだろう。」
掛けられる前から しょっぱそうなお顔になった、
警視庁勤務の 佐伯巡査長さんだったのは言うまでもなくて。
濃色スーツもよく映える、すっきりとしたお醤油顔で くすすと微笑うと、
「今日の御用は遺留品の分析で、死んだ人への関わりじゃあないよ。」
とりあえずお塩は引っ込めていただきの、
でもそれ以上は言えないとした上で、
「聞いたぞ、町角でスカウトされたってネ。」
「え? 何で佐伯さんが知って…?」
あまりにピンポイントな内容だけに、
知ってる顔触れの方から持ち出さねば出ては来なかろフレーズだろうにと。
う〜むむという怪訝そうな顔つきとなった、
Tシャツにタンクトップの重ね着と短パンという、
すこぶるつきに活動的ないでたちのお嬢さんへ、
「…といっても、おシチちゃんや三木さんから訊いたんじゃあなくてだね。」
「おや?」
先手を打たれてしまい、ますます意外だと、
今日のところは素直な驚きから両目を見開いちゃった平八さんだったのだけれど。
「おい…。」
ともすれば、運転免許の教習所のごとく、
各施設へと乗り付けるためのロータリーが
大して汚れてもないまま仰々しくもいちいち取ってあるあたり。
斜(はす)に構えれば、税金かけての無駄に整然と整備された感もある敷地内の、
少し離れた一角からの声が飛び。
そのお声の微妙な重々しさから、
わざわざ先を言われずとも ちょいと叱られそうなとはやばや察したのだろ、
あわわと やや恐縮した巡査長さんだったのだけれども、
「何ですよ、勘兵衛様。」
別に叱られるほどの話なんてしちゃあいませんよと、
それにしちゃあ よほどの口止めしたいものか。
わざわざ車から降り立ってこっちへやって来るのは誰あろう、
「勘兵衛殿じゃあないですか、こんにちは。」
「うむ、久しいな。息災か?」
時代劇ですかとツッコミたくなるような言いようをなさった壮年様に、
微妙な焦りを感じ取り、
「気のせいでなかったならば、
つか、この流れから察するに。
わたしへ声を掛けて来たスカウトマンを、お二人が監視してらしたのでは?」
「賢すぎる娘は嫌われるぞ?」
「大丈夫ですよ、ゴロさんはそんな狭量なお人じゃありません。」
つか、やだやだ、何でゴロさんて限定してるかな わたしったら、いやぁんと。
そこは今時の女子高生らしい含羞みで、
赤くなったお顔を覆って、
ひとしきり“やだやだvv”と照れまくってくれたお嬢さんであり。
そんな彼女とは別次元での一悶着、
「勘兵衛様も言ってたじゃないですか。
撮影スタッフの誰かに近づいて情報を得られたら造作ないのだがって。」
「だから、お主がちょいと近づいて声を掛けての親しくなればよいと、」
「人を良親レベルのナンパ師みたいに見込まんでください。」
何なら良親にフォローしてもらいましょうかと言ったらそれはいかんと、
当たり前だろうが、と。
何やらごしょごしょ揉めている大おとなと大人のお二人。
「……。」
自身のやぁだぁというはにかみも落ち着いてのさて、
それをば じいっと眺めることと相成った平八さんにしてみれば。
勘兵衛殿にしては失策だよな、
いや待てよ、これは聞こえよがしな罠か?
何かへの条件のいいわたしを“手駒”として釣り上げたいけれど、
いつものようなお転婆を助長するわけにもいかぬこと、
あくまでもそっちからは言い出せぬので、
好奇心をつついて、首を突っ込んでくるよう誘い出そうという芝居かも?
「…何かしらお主のうちの電算機が忙しく働いておるようだが、
いいか? そのスカウト話とやらは,すっかり忘れてしまうのだぞ?」
「勘兵衛殿、わたしからの信頼を微妙に失ってること、
自覚してませんか、もしかして。」
そういや、ここの研究所にも運んでることは、
内容の関係から、
七郎次はおろか 五郎兵衛にも具体的には話しちゃいないマル秘の行動。
よって征樹や勘兵衛が来合わせたのも真の奇遇だったのであり、
ということは、遠回しや裏返しの芝居じゃ何だじゃあなくの本気で
関係ないままでいよと言ってる彼であるらしく。
『だって、いかにも疑りもっての凝視なんてされちゃあ。』
しかもヘイさん、両目開いてたっていうしと、
こちらは後日に白百合さんが必死で恋人さんを庇っての言いようであり。
「佐伯さんだってそれほど迂闊なお人じゃあなし。
だってのに、ついうっかりと口を滑らせたのは、
いかにも残虐とか危険な手合いの絡んでる何かではない、
犯罪だけれど物騒とまでは行かないレベルの話だからじゃあないんでしょうか?」
「う……。」
だからって、
正式な捕り物らしい段取りを、
夏を前にしてのウォーミングアップ程度に把握するのは、
やっぱり間違ってると思うの、おばさんは。
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*とうとう美少女愚連隊の設立でしょうか、(おいおい)

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